【第61回】青春ってなに?
- 渡辺楓、西塚孝平
- 2020年12月3日
- 読了時間: 8分
更新日:2021年6月22日
12月3日のかんがえるソファには4名の学生にご参加いただき、「青春ってなに?」について考えました。
テーマ設定の背景
青春には、若い年齢のときに、友達と遊び倒したり、恋をしたり、何かに夢中になって打ち込むイメージがあります。響きが良く、私たちが憧れ、人生にとって大切だと思われている青春ですが、よく考えるとそれが何を指しているのか、いまいちピンときません。学生時代に恋愛をすれば必ず青春になるのでしょうか?50歳になったら青春ができないのでしょうか?そもそも「この経験がまさに青春である」と私たちはどうやって知るのでしょうか?今回はそんな青春について、青春の真っ只中(?)にいる皆さんと語り合いたいと思いました!
アイスブレイク
対話の最初にアイスブレイクとして、「今はまっていること、もしくは過去に熱中していたこと」を共有することにしました。皆さん今はまっていることor過去に熱中していたことは様々で、
・オムライスを作ることに今はまっており、いろいろ味を変えながら作っている。
・今映画を見ることにはまっている。生活改善のために電動歯ブラシなど生活家電を買うことにもはまっている。過去には演劇、テニス、ももクロにはまっていた。
・野球のノックにはまっている。
・高校の時は陸上部に入っており、部活動に熱中していた。
・楽器練習にはまっている。
・高校の時バレーにはまっており、休憩の時間さえボールに触っていた。
といった答えが返ってきました。
青春という経験の共有、青春に関するイメージの共有
アイスブレイクが終わり、いよいよ本題の「青春」について対話を進めていくことになりました。青春について対話を深めていく初めステップとして「青春と思える経験は何?」という問いが挙がりました。帰ってきた答えは段々と広がっていき、ソファ全体は、「青春は何に影響するのか」を考える方へ進んでいきました。以下は実際の対話の流れです。
・高校時代のテニスは半ば義務的なもので、楽しくなかった。しかし、今思い返せば辛かったけど青春と感じられる。高校の時の文化祭は、青春と思えるものだった。青春とは成功の体験より、その「過程」が青春としての意味を与えるのだと思う。
・楽しいか楽しくないかが青春に影響するものだと思う。
・成功体験と仲間と切磋琢磨したことが青春に影響すると思う。
・後輩に負けたという負の経験が今となっては青春だったなと思える。プラスの経験以外も青春に影響するのでは?
ここまでの対話の広がりで、青春とは何に影響するのか様々な意見が出てきました。出てきた意見をまとめると、「青春の過程」、「楽しいか楽しくないか」、「成功体験」、「仲間と切磋琢磨すること」、「プラスな経験以外のもの」が青春に影響していると皆さんは考えているようです。青春の経験を皆さんに挙げてもらったところで、次は「青春のイメージ」を共有していくことにしました。共有された意見として以下のものが出てきました。
・青春とは2種類あって、思い返す青春、経験している時点での青春がある。
・青春とは、それをしている瞬間自分が輝いているもの。
・キラキラしてるだけでなく、ドロドロしている経験も思い返せば青春になる。
・瞬間の満足とは異なるもの。
・文化祭、体育祭に近いイメージ。
・その時しかできない経験がその時感じられる青春で、悩んだり叱られるといった負の経験は、振り返って青春と感じられる。
・過去の負の経験でも、肯定的に自分の中で受けとれるようになると、振り返って青春と思えるようになる
共有された意見をまとめると、皆さんの持つ青春に関するイメージは、「思い返す時に感じる、もしくは経験している時点で感じるもの」、「青春をしているとき自分が輝いている」、「瞬間の満足と異なる」、「文化祭や体育祭に近い」、「その時しかできない経験」、「負の経験は、振り返ると青春になる」、「負の経験でも、肯定的に自分の中で受け取れるようになると青春になる」といったものでした。
若さと青春
ここまでで、皆さん中学時代や高校時代の経験をもとに青春に関する対話を深めていったように思えます。青春と若さには何か関係があるのでしょうか?次はこれについて考えていくことになりました。話は段々と深まっていき、「青春をなぜ求めるのか?」という問いへ話は進んでいきました。以下は実際の対話の流れです。
・思い返して青春と思うならば、子供の時点では青春を感じられないのでは?
・青春のフレーム(例えば、テレビなどで現れる青春の描写)を知っていたら、青春を年齢に関係なく感じることができるのではないか?
・青春のフレームが外から与えられるということは、ある意味で洗脳の一種とよべると思う。
・青春のフレームは存在しても、それが良いものかどうかは別で、青春のフレームは商用的に利用されている可能性がある。
ここで「青春のフレームは良いものと限らないのに、なぜ青春を求めるのか?」という問いが挙がってきました。答えとしては以下のものが挙がってきました。
・青春している姿を見るとあこがれるから。
・青春している人がまぶしいから。
・もしかしたら、まぶしい人が青春しているから青春にあこがれるのかもしれない。
・青春している人の人生が充実しているもののように思えるから。
まとめ
青春には種類があり、①その時点で感じられる青春と、②振り返って肯定的に受け止められたときに後から感じられる青春があるようです。どちらにも、青春は結局のところ「肯定感」があるのではという意見が出ました。
では、その時点で青春と思えなくても時間がたってから「青春」だと思えるのはなぜでしょう。それには「若さ」が影響しているというような気もします。
一方で「青春のフレーム」という商業的に作られたステレオタイプが存在しているという意見もでました。もしそうならば、私たちは「これが青春だ」というイメージに踊らされている可能性もあります。それなのに私たちはなぜ青春を求めてしまうのでしょうか?それは私たちが青春の姿に対して憧れを抱いたり、大切な思い出と重ね合わせることで、それが人生の充実感につながるからなのかもしれません。
参加者からの感想
・逆に自分の人生は充実してるから、自分は青春している感じないのではないかと思った。
・自分は成長を実感していることに成長はよっているのではないかと思った。
・すごくおもしろかった。参加する前は肯定感が青春に影響していると考えなかった。この考えになるほどなと思えた。
・若いころに固まった青春像があった。今日青春について色々話せて、いろんな青春像があることを知り面白かった。
ファシリテーターの振り返り(担当:西塚)
今回は「青春」の正体を探っていきました。
話しやすいテーマではありながらも、突き詰めていくと意外と複雑でしたね ^^;
私が今回心がけたことは、前回(第56回)の反省を受けて、抽象度の高い話題を考えやすくするために、具体的な内容に常に密着したこと、参加者の皆さん同士で理解の共有ができるように、仲介役になって質問や意見をつなげたこと、出てくる言葉の意味や使われ方に敏感に反応すること、でした。すたこらと対話を進めるのではなく、石橋を叩いて渡るように対話を止めることを意識した場回しですね!ゆっくりと進む時間のなかで、じっくりと考えることができたのではないでしょうか?私も、皆さんの発言を整理・要約するだけでなく、その内容について思考する余裕ができたように思います。対話の内容理解を頭の中と外の両方を使って進めるような楽しい感覚に浸っていました。
他方の反省点は、問いが適切かつ重要度の高いものであったのかについて、吟味が不足していたことです。今回は青春と思えるには肯定感が関連しているのではないかという話から、肯定感とは何か(出来事に価値や意味をもたせる、満足感を味わうといった意味)を検討する場面がありましたが、私自身そう感じたように、だいぶ考えにくかった感があったのではないでしょうか。おそらくこれには時間軸(過去→現在)の問題が絡んでいるので、過去(青春を経験した時期)に味わっていた気持ちと、現在(過去の青春を考える視点)それに対して思う気持ちを丁寧に整理したうえで検討したほうが良かったと思います。あるいは肯定感の話の少し前に、部活と青春を結びつける方がいたなかで、部活は青春ではないと捉えた方がいました。この認識の違いを手がかりにして、なぜ青春と思えないのか、どういう経験や気持ちの違いがあるのかをしているのか等、色々と検討できそうです。この視点を使ったほうが、青春が成立する条件を見つけやすかったかもしれません。
対話のなかでは扱うことができませんでしたが、(メディアの影響という要因以外で)青春が高校生や大学生のことを指しがちになる理由を追求してみるのも面白そうです。「高校生の頃に趣味に打ち込む」のと「50歳になって趣味に打ち込む」のとでは、あるいは、「高校生のときに友達と遊ぶ」のと「小学生のときに友達と遊ぶ」のとでは、何がどう違うのでしょうか。それまでの制限や我慢から解放されたいと思うのか、やりたいことを自分で自由に選択して決定できる知性を持ち始めるからなのか、人生にとって重要な出来事が何かあるからなのか…。この視点に立つと、過去から現在、未来の時系列に沿って、青春が形作られていくプロセスをより明確にしていけるのではないでしょうか?
青春は、まだまだ考えられそうな深いテーマですね^^
また別な機会にもう一度やってみたいと思うと同時に、ぜひ皆さんも今回のキーワードや表現を使いながら、青春に思いを馳せてみてください!
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